ウールと綿はなぜ手触りが違うのか。ゲノムを調べたら、答えは硫黄でした

織機に吊るされた毛糸玉 手織り

手織りをしていると、糸によって扱いが違うことに気づきます。ウールと綿では、指に伝わる感触も、織ったあとの布の表情も別物です。

同じ「糸」なのに、なぜここまで違うのか。気になったので、ゲノムを調べてみました。

なぜ糸のことをゲノムで調べようと思った?

触って分かる違いに、理由があるはずだと思ったからです。

ウールは伸びても戻ります。織っているときに少し緩んでも、あとで馴染んでくれる。

綿は戻りません。横糸がびよーんと伸びると、そのままです。一度緩んだところは、待っていても元に戻ってくれない。

伸びること自体は、どちらも同じです。違うのは、戻るか戻らないか。この差は、どちらの糸も生き物が作ったものである以上、その生き物の設計図に書かれているはずです。だったら設計図を見ればいい、と思いました。

どうやって調べた?

NCBIというアメリカの公的データベースから、タンパク質の配列を落として数えました。

ゲノムのデータは、誰でも無料でダウンロードできます。NCBIは国立生物工学情報センターという機関が運営していて、羊も綿も公開されています。

今回落としたのは、ゲノム本体ではなく「タンパク質の配列」のほうです。羊が62MB、綿が59MB。ゲノム本体だと羊だけで2.65GBありますが、タンパク質だけなら普通のパソコンで扱えます。

あとは、その中から繊維に関わるものを探して数えるだけです。特別な機械は要りません。

ウールは何でできていた?

ケラチンというタンパク質で、そのうちシステインが22.8%を占めていました。

羊のタンパク質を調べると、ケラチン本体が100種類、ケラチン結合タンパク質というものが78種類、合わせて178種類ありました。

驚いたのは、その中身です。結合タンパク質78種類のアミノ酸組成を平均すると、システインというアミノ酸が22.8%。5個に1個以上がシステインという計算になります。

システインは、硫黄を持つアミノ酸です。

システインが多いと何が変わる?

分子同士が硫黄の橋で結ばれます。パーマがかかるのと同じ仕組みです。

システインは、隣にいる別のシステインと手を結ぶ性質があります。この結合をジスルフィド結合といって、硫黄と硫黄が橋を架けている状態です。

橋があちこちに架かることで、繊維は立体的に絡み合います。引っ張っても橋が引き止めるので伸びきらず、離すと元に戻る。ウールの弾力は、この橋です。

美容室のパーマも同じ原理です。パーマ液は髪のケラチンの橋をいったん切って、ロッドで形を変えてから、別の薬でつなぎ直します。髪も羊毛も同じケラチンなので、同じことが起きます。

綿はどう違った?

そもそも繊維がタンパク質ではありませんでした。綿の正体はセルロース、つまり糖です。

ここが今回いちばん面白かったところです。ウールは、タンパク質そのものが繊維になっています。遺伝子が作ったものが、そのまま糸です。

綿は違います。繊維はセルロースで、これは糖がつながったもの。遺伝子はセルロースを直接は作れません。遺伝子が作るのは、糖をつなぐための機械のほうです。

綿のタンパク質を調べたら、セルロース合成酵素という機械が51種類ありました。この酵素は平均1,008個のアミノ酸でできていて、どのアミノ酸も5〜9%程度。偏りがありません。機械はいろいろな仕事をこなす必要があるので、偏れないのだと思います。

ウールのケラチン結合タンパク質が平均215アミノ酸でシステインに極端に偏っていたのとは、正反対でした。素材は偏っていい。機械は偏れない。

もうひとつ、綿には細胞を伸ばすエクスパンシンというタンパク質が110種類ありました。綿の繊維は1本が1個の細胞で、種の表面から3センチ以上まで伸びます。それだけの装置が要るわけです。ウールは細胞が積み重なって毛になるので、この遺伝子は使いません。

2つに共通する部分はあった?

ひとつもありませんでした。

羊のタンパク質の中に、セルロース合成酵素は0個。エクスパンシンも0個。

綿のタンパク質の中に、毛をつくるケラチンは0個。名前だけ「ケラチン」というものが10個ありましたが、中身を見たら全部が細胞の骨組み用で、繊維とは関係ないものでした。

同じ「糸」を作っているのに、使っている道具に重なりがひとつもない。バラバラに考え出した方法が、たまたま両方とも布になった、ということです。

手で触って感じていた違いは、気のせいでも腕の問題でもありませんでした。硫黄の橋があるかないか。綿の横糸がびよーんと伸びたまま戻らないのは、戻すための橋を綿が持っていないからです。

次にウールを織るとき、少し違う気持ちで糸を持つと思います。

私が使っているのは、クロバーの咲きおり40cmです。経糸を張るのが簡単な織り機です。買ったのは2008年。もう18年になります。途中で何年も触らない時期がありましたが、最近また織り始めました。

手織り機は安い買い物ではないので、続けられるか不安になると思います。でも、18年前の機械が今も普通に動いています。しばらく放っておいても、戻ってきたときにまた使えます。

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手織り生物学
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